2018年06月17日

父の日。「米福長者」《作手村のむかし 14》

麦秋0617。 朝,雨の降りそうな天候でした。気温は上がらず半袖では寒く,長袖をはおりました。
 午後の空は青空も見えましたが,曇りの一日でした。

 今年もブルーベリーが採れました。初物です。
 自然の恵み,大地の勢いを感じながら味わいました。感謝



 今日は6月第3日曜日で「父の日」です。
 1909年に,アメリカのソノラ・スマート・ドッド(Sonora Smart Dodd)が,男手一つで自分を育ててくれた父を讃えて,教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことが由来とされています。
 嘆願から7年後(1916年)に,「父の日」が認知されるようになりました。1972年,アメリカでは国民の祝日となりました。

 お父さん,どんな一日でしたか。



 文集「こうやまき」から,「作手村のむかし」の一話です。
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   『米福長者』 (文・作手中3年 男子)

 米福長者にまつわる伝説は多くあるが,その中の少しを調べてみた。
 酒糟で出来たといわれるこんもりとした山があるから驚かされる。昔その付近は,広い湖であって舟で酒糟をすててそれがつもって出来たので,今の長者平八幡宮がまつられている所であるそこには長者の石碑が立っている。そこに安置してある棟札と共に「うるし千べん朱千べん黄金千べん朝日さす。夕日輝くよし三本の木にうずめおく」と書いた木札が出て来たので,長者平村中の人達が掘ったが何も出てこなかったそうだ。そんな所を掘っただけでは,あったとしても見つからないと思う。その木札の意味を調べなければ,場所がわからない。
 小学校の頃,先生達がこの意味を,真剣になって解読していたのを思い出す。現在コンピューター時代といっても機械が人間によって考えられた木札の意味を解読してくれるわけではない。いくら電子頭脳といっても,やはり人間の頭脳にまさるものはない。だから,祖先が残してくれた文化的遺産を破戒しないで,後生の人達に正確に残していきたいと思う。今の科学で解決のできない歴史的事実や伝説などが多く残っている。
 私達はこれらの伝説を信じて,後世の人達が解決してくれるまで,いや,もっと後世まで伝え語り解決し多くそれらを残していなければならない。伝える義務があるのである。

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 その時々の“後世へ伝え・語る”ことは,どのように残ってきているでしょうか。
 そして,これから先へ伝わっていくでしょうか。



【関連】
  ◇日本ファーザーズ・デイ委員会
  ◇米福長者(よねふくちょうじゃ)(つくでの昔ばなし)



【おまけ】
 古い(11年前?)動画ですが,「Women In Art」という作品をご存知ですか。
 名画の女性が登場してきます。巧みに編集され,素敵な作品に仕上がっています。
 どの作品から抜け出てきているのか,思い出し,楽しみながらどうぞ。


 ※現在の編集技術なら,同じ素材で別の仕上がりになるでしょうね。



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Posted by ガク爺 at 18:30│Comments(0)日記作手
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