2024年10月02日
11-5 人の一生と年中行事(5) (作手村誌57)

“昭和レトロが若者に人気ですが、それとは違う内容になりそうです。しかし、昔の“文化を“今”に活かしていくヒントを探ってみたいと思います。
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第四編 文化 - 第三章 民俗
第五節 人の一生と年中行事
*婚姻
(2) 結婚
(つづき)
〔初客〕 昔は新婚旅行もなく、式後、3目目か5目目に、婿方の女親に付き添われて里帰りをした。これを初客という。このときの土産として、直径20~30cmほどの丸餅を一重、里方、キモイリの家に持参していく。普通は日滞りで、帰りには里の女親が送ってくる。
*年中行事
〔煤払い(12月13日)〕 正月を迎える準備はこの日の煤払いから始まり、青笹で屋内の煤、蜘蛛の巣などを払い落し、自在鈎の縄を新品と取り替え、新しいお札を祀る。古いお札は投げ餅を運ぶ俵(径20cm、長60cm)に入れ棟木に吊しておき、大掃除後桟俵に煤を載せ煤神様を祭る。米の粉の「煤取団子」を味噌汁とし供えて、一家で食べるのである。
〔餅搗き〕 25日~27日の間に行い28日は火事に崇り29日はクモチ(苦持ち)と言って餅搗きはしない。お供え(お飾りと言い鏡餅とは言わない)は最初の1臼からとり家の各神々や仏に供えるものを作る。
餅搗きに関する禁忌として、搗き手と手がえ手は同じ履物であること、杵を落したら臼を屋根まで背負い上げること等である。
〔門松迎え〕 門松を伐りに行くのが27日か28日で29日はクマツ(苦待つ)、31日は一夜松として忌む、明き方の山から枝が3段か5段、7段の松を伐り、屋外の穢のない場所におく、これが門松迎えである。
松飾りは30日で、餅の上に飾る門神、土蔵、厩屋の入り口、井戸などに3本~5本立てる。60cm~90cm程度の支柱(栗、楢等の実生木)に松竹を結びその根元に盛土をし、支柱の上にオツボキ(上部を蓑の首のように編んだ藁苞で雑煮、粥などを入れる祭具)をつけ注連縄2本を張る。門神様の門松は左側の松の前にオテントウサマ、オツキサマと呼ぶ松を立て丸い注連縄を用い、家の中の神仏に松を供え、各地から迎えた社寺の掛軸を年神様の一室に祀り松を飾る。
〔年神棚〕 吊り棚を明の方向に設け、ご飯、雑煮、串柿、昆布等を供えて祭る。方向が自在になる廻し棚のある家もあった。
〔年の市〕 年末に年取り用、正月用の買物に出る。米を叺に入れて町に行き米を売って買物をして叺に入れて帰る。
〔年取り〕 正月の飾りや神棚の祭りをし節季勘定を済ませ、掃除をして風呂に入り家族全員で年取り膳につき、各各財布を枡に入れ恵比須、大黒に供える。夜更けまで火を焚き元日の朝までつづける。
〔元日〕 若水を新しい杓で新しい下駄を履いて12杯、閏年なら13杯、明の方に向って汲みその水で雑煮をつくり、元日はご飯を炊かないのがならわしであった。お宮参りは除夜の鐘が鳴ると出掛ける。お寺への御年頭も元日に行う。
〔仕事はじめ〕 2日がすべての事はじめで3日は不就日として忌み、4日に初山と言って山仕事をし、お洗米、御供え餅で祭り萱の穂を12本、閏年なら13本取ってきて神に供え、またモチイ用のニュウギも取ってくる。
(つづく)
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注)これまでの記事は〈タグ「作手村誌57」〉で
注2)本文内で、縦書き漢数字で書かれている数値を横書きに改めて表記した箇所、年号に西暦を追記したところがあります。
Posted by ガク爺 at 17:00│Comments(0)
│作手
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