2023年07月17日
海の日。 5-3.1 軍事関係団体(1) (作手村誌)

今日は7月第3月曜日、国民の祝日「海の日(Marine Day)」でした。
1995年、“海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う”「海の日」が祝日として制定され、翌年施行されました。2003年の祝日法の改正で7月第3月曜日となりました。
当初は7月20日が「海の日」でした。これは、1876年に明治天皇が東北地方を巡幸された帰途、燈台巡視船汽船「明治丸」で青森から函館経由で横浜港に無事ご帰着された日(7月20日)を祝う「海の記念日」に由来するそうです。
“コロナ後”の夏、いろいろな催しが行われています。
みなさんの「海の日」は、いかがでしたか。
『作手村誌』(1960・昭和35年発行)から「第二編 村の沿革と歴史 - 第七章 兵事」」の紹介です。
今年、太平洋戦争終結から78年になります。明治維新から太平洋戦争終結までの77年を超えました。
戦争と平和について考える機会としたいと思います。
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第二編 村の沿革と歴史
第七章 兵事
第四節 軍事関係団体
帝国在郷軍人会作手村分会
在郷軍人会については昭和二十年八月十五日敗戦と共に書類焼却の為十分なる資料を得ることが出来ず、郡誌その他の文書により調査し又関係された方からの教を得て記す。
帝国在郷軍人会の目的は「軍人精神ヲ基礎トシ尚武ノ気象ヲ振興シ軍人ノ品位及志操ヲ維持シ友情ヲ温メ軍事ヲ講究スルト共二徳義ヲ涵養シ勤倹ノ美風ヲ奨励シ進ンデ公益ヲ図り益々相互ノ団結ヲ強固ニシ以テ在郷軍人ノ真価ヲ発揮セシムルヲ以テ主要ナル目的トス」として村の分会もこの目的に従い、軍人精神の修養軍事訓練、壮丁及び未教育補充兵の教育指導簡閲点呼の予習指導協力、戦歿者の慰霊遣家族の援助等を始め村の各種行事にも参画してその目的遂行の為に尽力した。
戦時にあっては特に壮丁者、在郷軍人の訓練教育に重きを置き優秀な現役兵応召兵を送り又援護団体と協力して銃後の完璧に努力した。
昭和十二年七月七日支那事変勃発より太平洋戦争に於ては戦争の拡大と共に未教育補充兵の教育を強く命ぜられ村分会は協力にこれが教育訓練を実施した。昭和十七ー十八両年度に実施した主な行事は別表のようである。
この補充兵も戦争の苛烈と共にその大部分が召集される事態となり、昭和十七年には兵役法改正で第二国民兵も兵籍に登載されこの教育は又容易ならぬものがあった。
昭和十八年七月六日本村に第二国民兵の初めての召集があり、その後多数の二国が召集された。戦局は日に重大化し本土防衛部隊も置かれるようになり在郷軍人は本土決戦に備えて夜戦訓練、竹槍訓練、仮標刺突、突入格闘等肉迫戦の訓練を実施した。昭和十九年十一月に初めて東京空襲があり敵の本土接近に本土の防衛態勢は愈々重大さを加えたので在郷軍人は警防団と協力して村民の防空訓練も行った。
この決戦態勢も昭和二十年八月十五日敗戦によって終り、聯合軍の本土進駐を前にして軍関係書類一切の焼却滅失を命ぜられた。
作手村分会は最後の役員会を開ぎ平分会長によって分会の開散を行い長者平十二所神社社前に於て勅語、詔書、分会旗を始め関係書類全部を焼却残灰を城山忠魂碑の元に埋めた。ここに於て創立以来三十五年の歴史をもち数々の思出多い帝国在郷軍人会作手村分会は総べての終りを告げたのである。
(つづく)
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注)これまでの記事は〈タグ「作手村誌」〉で
【関連】
◇新城市作手B&G海洋センター海の日無料開放デー(新城市)
◇国民の祝日「海の日」海事関係団体連絡会(日本海事広報協会)
※ 「海の日」ポスターコンクール、ミス日本「海の日」、協賛イベントなどの紹介があります。

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