2023年02月08日
『波の上のキネマ』(増山実・著)

「いい話の図書館」で47冊目の図書『波の上のキネマ』(集英社・刊)を読みました。
本に恋する小林店長は、「本に恋する店主の呟き新聞」に
65年ぐらい前、日本中にたくさんの映画館があった。テレビもなかったから娯楽の中心だった。なかでもわたしの済む尼崎市には50軒ほどの映画館があったそうでIR立花駅のすぐ南北に3軒もあった。とメッセージを載せていました。
労働者の町であり仕事を求めて地方から出てくる人の多い町であったからだろう。そこに着目して書かれた小説である。戦後の時代を人はいかに生きたのか、映画は人々にとってその時代、時代の何であったのか、壮大な展開が胸に迫る。
小林店長の言葉に映画館や映画があり、題名のキネマ、そして目次に“映画のタイトル”が並んでいます。
この文庫が届いたとき、チャップリンの本(『教養としてのチャップリン』)を読んでいたので、「映画の話は今はいいかな…」と後回しにしていました。
第1章が、
音ひとつしない映写室の暗闇は、まるで深い海の底に沈んだ貝の中のようだ。/(略) 暗闇の向こうの「世界」では島田勘兵衛が片山五郎兵衛を戦に誘っていた。と、映画『七人の侍』を上映している尼崎の映画館「波の上キネマ」のようすから始まりました。
やはり“映画の小説”のようです。
読んでいくと、映画、映画館の話ではありませんでした。
もちろん、映画、映画館は、大切なもの、大事な舞台でしたが、“時代(歴史・戦争)”や“人”の小説でした。
出版社の図書紹介は、
尼崎の小さな映画館を父親から引き継いだ安室俊介は、不動産業者から、閉館と買収の話をたびたび持ちかけられていた。座席数100余りの小さな映画館は戦後間もない時期に祖父が始めたが、収益を上げることは年々難しくなっている。(略)でした。
そんなある日、創業者である祖父の名前を出した問い合わせが入る。電話の主は台湾に住む男で、彼の祖父が俊介の祖父と知り合いだったという。俊介は祖父の前半生を知らなかった。閉館にあたり映画館の歴史を調べようとしていた俊介は、男から驚くべき事実を告げられる。
(略) なぜ祖父はその場所に行ったのか。どのようにそこから脱出し、なぜ映画館を始めたのか。創業者である祖父の若かりし日々を追って、俊介はその場所に向かう。
歴史のうねりと個人の生が紡ぎだす、感動と興奮の長編小説。
小説は、現在の姿を描いていきますが、
「小林多喜二が、特高警察に虐殺されたらしい」と始まる第5章から、俊介の祖父 俊英が“俊英のしてきたこと(生きた姿)”を語っています。
そこで語られる(描かれた)歴史は…。
俊英とチル―は…。
終章、祖父の前半生、映画館の歴史を辿った俊介は…。
映画を知っている方には、話に深まりをもって読むことができます。
映画を知らない方は、その映画を観に足を運びたくなるかもしれません。
そして、夏に向けて“戦争”と“平和”を考え、考え直す機会となるでしょう。
大人の皆さんにお薦めの一冊です。
読書メモより
○ 榎本のじいさんがいつも上機嫌で話す話題が、もうひとつある。(略)
「ぼん、尼崎はなあ、映画王国やったんやで」
○ 映画を観終えて感動しながら出てくる観客を見て、『虹をつかむ男』の主人公が、こんなセリフをつぶやくシーンがある。
「世界一金持ちの気分や。今夜は。」
映画館主たちは、きっとみんな同じ気持ちで映画館を経営している。
○ 祖父が作った映画館の歴史について、どれほどのことを知っているのだろうか。
○ あの日突然、映画館に電話をかけて来た見知らぬ男と、俊介は今、密林の中を歩いている。
○ 「なんでチャップリンは、この映画の題名を『街の灯』とつけたんや」
「皆さんは、どう考えますか?」カンカン帽が訊く。
○ 「幻影こそが、人を支えるんだ。そして、人を動かすんだよ」
○ 「映画の中で死んだグレタ・ガルボは、死んじゃいなかったんだよ。今も逃避行を続けているんだよ。どういうわけか、あんたとな」
○ かつてここにあった映画館で、最後の上映が行われたのは、昭和十四年。
そこに俊介の祖父の俊英も、劉の祖父の志明もいた。
目次
第1章 七人の侍
第2章 タクシードライバー
第3章 君の名は
第4章 ストレンジャー・ザン・パラダイス
第5章 伊豆の踊子
第6章 渦
第7章 野生の蘭
第8章 夜
第9章 冷血
第10章 街の灯
第11章 帰らざる河
第12章 226
第13章 CITY LIGHTS
第14章 SHALL WE DANCE
第15章 執念の毒蛇
第16章 雨
第17章 或る女
第18章 大いなる幻影
第19章 山猫
第20章 椿姫
第21章 道
終章 ジャングル・シネマ
解説 川本三郎
【「いい話の図書館」】
◇最近紹介した本
◇『ぼくもだよ。 神楽坂の奇跡の木曜日』(平岡陽明・著)(2022/12/30)
◇『となりのたぬき』(せなけいこ・作・絵)(2022/11/16)
◇『やめるときも、すこやかなるときも』(窪美澄・著)(2022/11/03)
◇『ふたごじてんしゃ物語』(中原美智子・著)(2022/09/24)
◇『神さまの貨物』(ジャン=クロード グランベール・河野万里子・訳)(2022/08/06)
*以前に紹介した本は
☆カテゴリー「いい話の図書館」から
「いい話の図書館」とは… 本との出逢いは,人生を変えます。辛い時,悲しい時,苦しい時,一冊の本が「生きる希望」を授けてくれます。
そこで,ステキな本との出会いを提供する「いい話の図書館」を全国津々浦々に作ったら,どんなに素晴らしいだろうと考えて館主を募集しております。「いい話の図書館」の館主のお仕事は,本棚にステキな本を並べて多くの人に自由に読んでいただくこと。そのステキな本は,テレビをはじめ,マスコミでも話題の小林書店のカリスマ店主,小林由美子さんが心を込めて推薦する本です。
◇ ◆◆◆最後のお願い◆◆◆ 18年間ありがとうございました(いい話の広場)
◇小林書店さん (@cobasho.ai)(Instagram写真と動画)
◇小林由美子(Facebook)
◇志賀内 泰弘(Facebook)