2020年06月21日

日食。「夏至」。無知のため破壊された古墳(続 つくで百話)

花0621。 天気のよい日で,青空が綺麗でした。厳しい暑さはなく,過ごしやすい一日でした。

 午後になり,雲が広がってきて,夕方からの日食は,残念ながら見られませんでした。
 次に日本で日食が見られるのは,2023年4月20日だそうですが,当地では見えなさそうです。その次2030年6月1日に部分日食が見られるようです。この時は,北海道で金環日食となるようです。



 今日は二十四節気の一つ「夏至」です。北半球では,太陽が最も高く昼間の時間が最も長くなる日です。晴れて“昼の長さ”を感じる日でした。



 『続 つくで百話』(1972・昭和47年11月 発行)の「無知のため破壊された古墳」の項からです。
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    無知のため破壊された古墳    田峯 熊谷丘山

 守義と菅沼の境の山をイモリ山といいます。飯盛山と書くのではないかと思われます。明治四十三年頃,ここに菅守小学校が建設されることになりましたので,学区の人々が大勢でて,山をきり崩して校地の造成にかかりました。
 ある日,山をきりとっていると,約二坪くらい(六平方メートル)の炭焼竉のようなものを掘り出しました。周囲は,大きな石で積んであって,その内部から,黒ずんだ茶色の壷やどびん,茶碗などが沢山でてきました。勤労奉仕をしていた村人たちは,こんなものには,全く無関心でしたので,敷地の土中に埋めてしまったと,当時,学校建設委員をつとめていた垣内杢太郎翁が話されたことがありました。
 つらつら按じまするに,これは,貴重な古墳であったかと思われますが,実に惜しいことをしたものと残念にたえません。設楽町名倉の飯盛山古墳は,県文化財に指定されております。
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Posted by ガク爺 at 17:30│Comments(0)日記作手
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